Sustainability Research 004

「障害者も高齢者も気持ちよく使えるような配慮をなるべく目立たずにやっておくということが大事だと、私は思うのです。」細山雅一

プロダクトデザイナー 細山UD–Unit主宰

写真:細山雅一

プロフィール
2006年松下電器産業(現パナソニック)入社、プロダクトデザイン部門でオーディオ機器デザイン等を担当。
2003年、メーカー数社との協業により国際ユニバーサルデザイン協議会を立ち上げ、ユニバーサルデザインの推進と普及に貢献。
2006年、松下電器産業退社。細山UD–Unitを起こす。
現在は、桑澤デザイン研究所や拓殖大学の講師、自治体のアドバイザー等、ユニバーサルデザインの啓発活動を進めている。
http://www.hosoyamaudu.com/message/index.html

Mottainai !
日本人が日本人であった時の、精神を世界は見つけ出しました。
Kawaii !!
今度はそれを、私たちが世界に供給しましょう。
Kakkoii !!!
デザインで製品で企画で。

日本は、なかなか、というお話。

技術だけでなく、周りの人に配慮する日本の良い伝統も生かしていけるのではないでしょうか。

写真

Wshington DC / USA

今クルマには、システムによって事故回避を支援する技術も搭載されるようになりました。人とクルマの関係について、どう思われますか。

まさにトヨタの問題もそこに行き着くわけで、「クルマは安全につくられているものだ」という技術者の過信があるのでは。「自動車ってもともと事故を起こすものだ」と思わなくてはいけないのではないでしょうか。
今、新車を買うとディーラーに「エンジンルームをやたらに開けないでください」と言われるんです。
昔は、免許を取る時に始業点検といって、クルマを買ったらすぐ運転する前に自分のクルマが安全かどうかを自分で点検した上でないと乗ってはいけませんと、教えられたものです。
ところが今は、「余計なことをせずにディーラーに任せなさい、もしトラブルがあったらガソリンスタンドに運んで専門家に見てもらいなさい」と。
つまりクルマはブラックボックスになってきているんです。今自分で見るのは、せいぜいタイヤの空気圧やガソリンの残量程度でしょう。昔はボンネットを開けてファンベルトがどういう状態で、エンジンオイルはどうかとか、いろいろ見なきゃいけなかった。
つまり本来は自分でチェックして安全に運転しなくてはならなかったのに、今、人の手に負えない部分が増えてしまった。そして何かが起こると企業や行政の責任に転化する。するとディーラーも、何か起こると「これは全部メーカーの責任です」と言わざるを得ない。

写真

London / UK

クルマってもともと不安定なものでしょう。時速100kmのスピードで走っているものがぶつからないわけがないじゃないですか。皆、奇跡で動いているようなものですよ。そこのところにギャップが出てきているような気がするんです。そういう意味ではトヨタは気の毒な気もします。
スロットルが戻らなくなるのは確かに問題です。しかしクルマの動きは感覚の問題で、自分のクルマがどういう動きをするのかを習熟するのは、本来、運転者がやらなければならない行為です。人がどんなことをしようと、その人の状況に応じてクルマのほうが適切に動いてくれる、ということまでクルマに求められているのは少し、行き過ぎではないでしょうか。
昔は、ハンドルの動きやエンジンの状況、いろいろな点で「クルマを乗りこなす」という言葉がありました。それは、クルマの動きを自分で感知して適切に動かす能力を、自分で取得していくことです。
ところが今、それはとんでもない、となっているじゃないですか。いろいろなトラブルがあったことは事実です。でも人間の感覚と、技術がフォローすべきこととの間に、行き違いというかギャップがあって、そこばかりクローズアップされているのが、今回のトヨタの問題ではないかと思います。
人間は歩いている時に転ぶのがあたり前、クルマは走っている時にぶつかってあたり前、というくらいに思わないと。何かあれば、必ず転ぶんです。それを踏まえて、その危険を低減するためには、道はどうあればよいのか、施設はどうあればよいのか、ということを考えていかなくてはならないと、私は思っています。